出版社のディスカヴァー・トゥエンティワンで電子書籍の編集者をしている岡本雄太郎さんは、大学4年生になるまでずっと本が嫌いだったという。しかし一冊の本との出会いが岡本さんの人生を変え、2021年6月には自著『本嫌いの原因は勘違いが9割』を出版するまでとなった。これまで6回の転職を経験してきたという、彼のキャリアを伺った。
本を読むことが嫌いだった
学生時代はとにかく体を動かすことが好きだった。小学3年生から中学3年生までは野球をし、高校では一転、バスケットボール部に入った。そして大学では草野球チームとバスケットサークルに入り、スポーツ漬けの日々を送った。
一方、岡本さんの父親は読書家で、岡本さんは子どもの頃からたびたび「本を読みなさい」と言われて育った。その反抗心からか、自ら進んで本を読みたいという気持ちになれずにいた。だから夏休みの課題図書が苦手だった。いずれも小説ばかりで読むのが苦痛だったと話す。
「小説に出てくる風景の描写をうまく想像できなくて、途中で引っ掛かり止まってしまう。それがストレスになり、本を読むことが嫌いになったんです」
大学4年生になり就職活動をするなかで、自分の人生を真剣に考え始めた。社会に出て働いたことはなかったが、“やりがいのある仕事”というものに興味を持ったそうだ。就職キャリアセンター、親、友達、先輩などいろんなところで話を聞くも、そこから答えが見つかることはなく、書店に行き始めたという。
表紙とタイトルを眺めながら、気になった本を手にとった。「そこで、“やりがいのある仕事はない”という趣旨のタイトルを見つけて、いやそんなはずはないだろうと思いながら前書きを読み始めたんです」
その本は『「やりがいのある仕事」という幻想』といい、岡本さんはユーモア溢れる文章に心を鷲掴みにされて、帰りの電車の中で食い入るように読んだ。
会社員を2カ月で辞めてフリーランスに
一冊の本は岡本さんの人生を180度変えた。
「そこで今度は、自分の人生が変わった体験を他のより多くの方にも広げていきたいと思いました」
ただ、そのように視点が大きく切り替わる体験をどうやって広げていけばいいのかは全くわからない状態だった。
「どうしたらいいのだろうと考えた時に、編集者であれば自分でもチャレンジできるんじゃないかって思ったんです」
しかしその時には、ほとんどの出版社は新卒採用を終えていたという。それから編集プロダクションで中途の募集をしていると知り、紙媒体の編集プロダクションに入社した。岡本さんはムック本を作る編集者として働き始めたそうだ。だが入社して早々に徹夜で働く環境だったのと、出版物の内容に共感できなくて会社への信頼がなくなっていった。2カ月もたたないうちに会社を辞めることになり、フリーランスとして働こうと考えた。
「フリーランスを選んだのは、新卒で会社を2カ月で辞めるなんて職歴としてカウントされないだろうと思ったのと、会社に対する不信感が拭えなかったからです」
そしてフリーランスのライターとして活動しつつ、クラウドソーシング大手でアルバイトをすることになった。職種は編集者兼ライターで、案件ごとに20~30人程度のライターさんをディレクションすることもあったという。
「思いのほかディレクションの仕事が楽しくて。自分だけの力ではできないことを、外部の方と協力しながら進めていくところにやりがいを感じました」
メディア関係の宣伝プロモーションに転職する
岡本さんはフリーランスの働き方よりもチームで仕事をしていくことに、やりがいや自分の強みを発揮しやすいタイプだとわかってきたという。また、これまで編集者、ライターの仕事をしてきたが、もうひとつ興味を持ったメディア関係の宣伝プロモーションをやってみたいと考えていた。
ちょうど大手出版社で宣伝プロモーションの求人を見つけて、派遣社員として働くことになった。新書レーベルの宣伝プロモーションで制作のディレクションをメインに、児童書やコミックエッセイの宣伝にも携われた。本嫌いだった岡本さんの人生を変えた本は新書だったことから、新書の編集者の方と一緒に仕事ができたのは嬉しかったという。
同時に、自分が作ったものが長く世の中に残ってほしいと考えるようになり、書籍の編集者になりたいという思いを募らせていく。常に転職サイトに登録はしていて、自分のキャリアに変更があったら職務経歴書を最新のものにしていた。しかし、なかなかチャンスは巡ってこなかった。
編集長としてWebメディアのマネタイズを成功させる
岡本さんはもともとアニメや漫画も好きだったことから、大手アニメ制作会社が運営するアニメニュースサイトの編集記者に転職することを決めた。そこで自分の好きなものに関われたが、これまで経験していないマネタイズに携わり、ビジネスとしてマネタイズに関わることの重要性を感じた。
そのニュースメディアは、ニュースサイトでありながらもアニメ作品の宣伝広報的な立ち位置も担っていたという。
「Webメディア単体でのマネタイズでしっかり収益を上げていくところに興味を持ち、一旦そこを極めてみたいと思い転職を考えました」
そしてIT系ベンチャー企業が運営するモノ系Webメディアに入社して編集長に就任した。マネタイズの仕組み自体は岡本さんが入った当初から上手くいってはいたという。
「ただメディアとしての成長が鈍化していて、そこを伸ばすことを目標にしていました」
結果、月400万PVだったメディアを月1000万PVに成長させることができた。
これまでの経験が糧となり、電子書籍の編集者になる
マネタイズの目標がひとつ達成できて、燃え尽きたようなところがあったそう。ちょうどそのタイミングで、転職サイトを介して求人のオファーが届いた。その仕事は電子書籍の編集者で、岡本さんは初めて知るポジションで興味を持ち、すぐに転職することを決めた。
「実際、電子書籍の編集者に携わったら、やりがいがあるしすごく面白くて。著者さんとしっかり関係性を築きながら本作りができて、長く世の中に残るというのが嬉しいですね」
電子書籍の編集者は面白いけれど、どこかで紙の書籍にもチャレンジしたいという思いを抱えていた。そんななかディスカヴァー・トゥエンティワンという出版社から「編集者の中途採用選考を受けてみませんか?」と、直接声がかかったという。同社は書店との直取引が特徴の出版社で、近年ではとくに電子書籍にも力を入れているそうだ。大学4年生の時に書籍の編集者になりたいと思ってから足掛け7年、一番やりたい仕事がある環境に転職することができた。
岡本さんが携わった電子書籍「トリーズの9画面法」シリーズの分冊1,2,3点は、2021年11月30日に発売された。
これまで6回の転職をしてきた岡本さんは30歳になったばかり。正直、年齢の割に転職する回数は多いと感じた。しかし岡本さんは、前職の電子書籍の編集者をしていた時にこれまでの仕事の経験が役に立ったと話す。
「紙媒体の出版事業であれば、編集部や営業部、販促部などがあって部署ごとに分業されています。前職の電子書籍の場合、そういった部署はなくて企画から販売、プロモーション全てやらないといけなかったかったんです。なので、宣伝プロモーションのノウハウやWebメディアの経験をすごく買っていただけました」
やりたいと思ったら行動せずにはいられないという岡本さん。転職するたびにスキルや経験を積み、電子書籍の編集者となって、今では紙の書籍のほうでも企画を出すことにチャレンジしているという。これまでいろんなことを経験してきた岡本さんだからこそ、面白い企画が出てくるのではないだろうかとワクワクした。
画像提供:岡本雄太郎
取材・執筆:つか(@tsuka_0806)
編集:中村洋太(@yota1029)