長年憧れた人の会社を辞めてルーマニアで生活費を稼げるようになるまで【副業開始編】

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長年憧れた人の会社を辞めてルーマニアで生活費を稼げるようになるまで【退職編】 長年憧れた人の会社を辞めてルーマニアで生活費を稼げるようになるまで【移住手続き編】 長年憧れた人の会社を辞めてルーマニアで生活費を稼げるようになるまで【日本語教室開業編】

副業としてライター業をスタート

2015年当時、ネットで検索するとライター募集の案件はたくさん見つかりました。

どのジャンルの仕事に募集しようか迷うほどでしたが、金融や不動産系など特定のジャンル以外の1記事あたりの報酬額は1文字単価0.5円や0.75円などとても低い状態でした。

迷いましたが何事も経験だと思い、数ある案件の中でも文字単価が1円以上と高かった外資系企業の業務内容をまとめる記事執筆のトライアルを受けることにしました。

トライアルを受けた数日後には合格の通知が届き、ライターとしての副業を始められることになりました。

これまで仕事として記事作成をしたことはありませんでしたが、ルーマニア生活の雑記ブログを数か月間書いていたこともあり、書くことには多少慣れていました。外資系企業の案件と並行して、日本語の記事を英語に翻訳する記事制作の仕事も受注しました。

ライターを始めて数か月後には、ルーマニア生活の雑記ブログを見た海外在住ライターの組織を作っている方から連絡が届き、メンバーとして加わってほしいとの依頼を受けました。

大手企業が発信するさまざまなメディアからの案件に対し、ネタを提案して採用された場合はお仕事を受注できるスタイルのお仕事でした。これまで私がやってきた記事作成とは1記事あたりの報酬が異なり、通常で4~5倍、中には10倍以上の案件もありました。また、大手企業のメディアに名前付きで記事が掲載されるため、やりがいを感じました

経験ゼロからいきなりWebディレクターに

半年ほど外資系企業と日本語記事を英語に翻訳する仕事をしていましたが、毎月の記事作成本数にバラつきがあったため、もう少し収入が安定する仕事をしたいと感じるようになりました。

前職の収入と同じレベルに一日も早く戻さないと・・・」とも思っていたので、再びネットで検索してみることにしました。

検索する中で目に留まったのが「Webディレクター募集!」の求人でした。

主な業務は、ライターが作成する記事のネタの選定、記事構成の作成、記事内容のチェックと書かれており、募集要項には「未経験でも可」となっていたので、ダメ元でさっそく応募してみることにしました。

今思えば、これまでIT系の企業で働いたり、メディア関連の仕事をしたこともなく経験ゼロ・知識もほとんどない状態から、Webディレクターの募集によく応募したなと感じています。これはルーマニア移住を決断したことにも似ていて、自分の性格的に「できるかな?大丈夫かな?」と考える前に、「どうにかなるだろう」との気持ちのほうが強いからかもしれません。

Webディレクターとして採用されるには、3記事のテストライティングを行い合否の判断が下されるため、数日かけて記事を仕上げました。

「今までライターの経験しかないけど採用されるかな・・・。」

不安な気持ちもありましたが、無事採用されることに。ほかのメディアでライターとして記事を執筆しながら、仕事の幅を広げるためWebディレクターとしての経験も積みたいと考えていた自分にとっては朗報でした。

とりあえず3年間頑張って異国の地で働いた結果・・・

場違いなところに採用されてしまった・・・

Webディレクターとしての仕事は、ほとんど知識のない状態からのスタートだったのでとても大変でした。

私が加わる前から働いているディレクターさんが2名いましたが、2名ともIT関連の企業で働いていた経験有りでした。自分との知識量の差に最初は戸惑いました。

成果報酬制の仕事だったので、ライターが執筆するネタの選定、構成作成、記事チェックの数をこなさなければなりません。

最初の数か月は仕事に慣れるため、ライターが書いた記事チェックを担当しました。1記事チェックするだけでも大変で、修正が少ない場合はいいのですが、誤字や多かったり、整合性のない記事の場合、指摘内容を記載するだけで1時間ほどかかることもあり、業務を効率的に消化することの難しさを感じました。

また、SEOを意識した構成やタイトル作成の業務も行いましたが、こちらもゼロからのスタートでした。レクチャーしてもらったことに加え、ネットで自分なりに調べて作成し、アドバイスされたことを次回の作成時に生かすことを心掛けました。

依頼されたことをこなすだけで精一杯な日々が続きましたが、知識がゼロに等しかった分、新しいことを覚える楽しさがありました。

Webディレクターの業務を開始してからは1日の中でも仕事の割合が多くを占めました。加えて、日本語のレッスンやルーマニア情報を発信する記事の作成等、移住してからの3年間は帰国以外は遠出しませんでした。

頑張ったことが功を奏してか、Webディレクターとしての報酬体系がこれまでの1案件〇〇円という業務に加えて、時給でのお仕事もいただけるようになり、以前と比べて稼ぎやすくなりました。

日本語レッスンの生徒数の増減など、不安定要素を解消する副業として開始したWebディレクター業とライター業でしたが、副業開始2年目で前職の月収を超え、3年目からは別メディアでもディレクターとして仕事を依頼されるようになりました。

副業で始めた仕事が本業に

日本語教室である程度の収益が得られる前に副業として始めたライターやWebディレクター業でしたが、ありがたいことに仕事が途切れることなく続いたため、日本語教室よりも関わる時間の割合が多くなっていきました。

それに伴い、副業のつもりだったライターやWebディレクター業が本業へと変わりました。現在、日本語教室は主に妻が担当しており、筆者が関わるのは、一部のレッスンだけになっています。

最初は移住してアパレルで生計を立てることしか考えていなかったため、ルーマニアでライターやWebディレクターをやることになるとは思ってもいませんでした。

副業を始める際にライターの仕事があることを思い出し、求人を探したことやWebディレクターの難しさをそこまで理解せずに応募したことでいまの状況があることを考えると、運がよかったと感じています。

移住後の3年間は収益を安定化させることを目的に働いていたので大変でしたが、さまざまな業務を経験させてもらったこともあり、パソコンさえあればどこの国にいても生活できる。また、未経験のことでもとりあえずやってみて、まずは3年間頑張れば状況は好転すると実感しました。

退職や移住、起業に興味のある人は多いと思います。興味はあるけど不安な気持ちが邪魔をして実行に移せないこともありますが、一歩踏み出してみると案外どうにかなるものです。

私と同じように思い描いた通りに進まないこともあるでしょう。初めはうまくいかなかったとしても、いつか実現したいと目標を持ち続けていれば、順序は違っても挑戦できる機会が訪れるかもしれません。

ルーマニアに移住して5年が経過し、在留資格を更新する節目にこれまでのことを振り返ってみました。次の在留資格更新は5年後(2025年)です。

私自身は今後もライターやWebディレクターなど、メディアに関わるお仕事をいただける限り継続していくつもりです。次の5年間でアパレルの製造やショップ経営は行わないにしても、これまでの経験を生かして何らかの形でアパレル業界と関係のある仕事に携われたらと思っています。

取材・執筆:chewy編集部 イシ (@ishiwm
編集:chewy編集部 はら (@MmcNaka