長年憧れた人の会社を辞めてルーマニアで生活費を稼げるようになるまで【退職編】

はしがき

今から5年ほど前、私は前職のアパレル企業を退職し、東欧・ルーマニアに移住し生活を始めました。

移住して早5年。移住後にやろうと考えていた仕事とは違うことをしていますが、5年の在留資格を更新する節目ということもあり、前職を退職した経緯とともに海外移住してからのお仕事について振り返ってみたいと思いました。

アパレル企業へ転職

前職は東京やNYなどにお店を構え、製造から仕入れ・卸・販売までを手掛けるアパレル企業A社に勤めていました。

A社は私の尊敬する人がいる憧れの場所で最高の職場でした。日本にこれ以上の会社が存在するとは思えませんでした。今でもそう思っています。

アパレルに関わる仕事がしたいと思うようになったのは、1990年代半ばに起こった裏原ブームの影響でした。

小学6年生からファッションに興味をもち、中学から高校生のころ裏原系ブランドと呼ばれていた藤原ヒロシの「GOODENOGH」、NIGOの「A BATHING APE」、高橋盾の「UNDERCOVER」などが流行。

裏原系ブランド以外にも1990年ごろに起こった渋カジを代表するブランドにも興味が広がりました。

愛知県の田舎に住んでいた私は、メンズファッション誌で服をチェック。休日に名古屋市に出かけて、アルバイトで貯めたお金で服を買い漁り、ばくぜんと将来アパレルで働くことを想像するようになりました。

大学卒業後、就職先に選んだのは紙を専門に扱う商社。アパレル企業へ入社しませんでした。

アパレル業界は給与が安い。

とりあえずほかの業種で社会人経験を積んでからアパレル業界にいい条件で転職しても遅くないと思ったからでした。

商社は入社して3年で辞めようと思っていましたが、営業部に3年、管理部に2年お世話になり、気が付けば5年が過ぎて27歳になっていました。

「転職は20代のほうが可能性が広がる」「年齢が上がれば上がるほど、どこも採用してくれなくなる」という脅し文句をどこかで読んで急に焦り、転職することを決意しました。

「RECRUIT」がでるのはいつかな?

アパレル業界に転職するならA社と決めてました。A社が社員を募集するとき「RECRUIT」と書かれたページが新設されることを知っていたので、朝から夜まで商社の仕事をして帰宅してからA社のホームページを毎日見る生活を繰り返し。

転職しようと決めた3か月後にラッキーなことにホームページに「RECRUIT」の文字が!

どんな職種?事務所勤務?年齢制限はある!?

さまざまな不安を抱えつつ、自宅でページを開きました。書かれていた募集職種は「品質管理部門」で、性別・年齢は不問と書かれていたと記憶しています。

A社の代表を尊敬していたので、正直にいうと職種はなんでもよく、代表の下で働けるなら給与も高くなくていいぐらいに考えていました。

急いで履歴書や職務経歴書を作成し、添え状とともに送付。数週間後にかかってきた電話で書類選考通過の旨が伝えられ、渋谷の事務所で代表やディレクターと面接をしました。

面接はかなり緊張していましたが、数日後に電話で採用を伝えられ、晴れて自分の希望していた会社に入社することになりました。

憧れの会社で働いた5年半

代表のことを尊敬(会社の全従業員が同じ気持ちに違いない)していたので、この会社で働いた期間は、とても幸せでした。

さらに商社のときを上回る給与をいただけたことにも驚きました。アパレル業界は給与が安いというのが通説だと思っていたので、うれしい誤算。

所属した品質管理部門の主な仕事は、生産された服の出来映え、品質の基準を満たしているか検証することでした。

世に出る前の服を触り、袖を通し、いち早くチェックできたことは、服好きにとってとても刺激的な時間でした。

働くことが楽しく、入社して2年後の30歳前には昇級し部門責任者になりました。自分にとってこれ以上ない環境で働くことができていたのに、5年半勤めて退職することにしました。

アパレル企業に転職したての数年間は、社内はもちろん、クライアントからの信頼を得ることを第一に働いていました。徐々に名前を覚えてもらえるようになり、居場所ができたことを実感しつつも、この先も同じ職種のままでは面白くなさそうだし、やがて目標を見失ってしまうような気がしていました。

新たな目標、活躍の場を見つけたい

在籍して4年が経過したあたりで上司に異動の希望を伝え、その話は社長まで届きました。
ブランドの価値を左右する品質管理部門でこの先もやってほしい。それでも異動したいのならすぐにではないが考えておく」と言われました。

「異動の声がかかるのは何年先かわからない。年齢も30歳を過ぎていることを考えると、待つより退職して自ら活路を見出すほうがいいのでは?」と思うようになりました。

1年前に結婚していたので、ある夜、妻に相談しました。妻は辞めても残っても意見を尊重すると言ってくれたので、数日悩んだ末に代表に連絡し、異動の話を撤回させていただくとともに、退職する旨も同時に伝え、自分がもっとも働きたいと憧れていた企業から去る決断をしました。

退職を伝えた時点で、次は転職ではなく起業と決めていました。A社は私が尊敬する人がいる憧れの場所。それだけに自分にとって日本にこれ以上の会社が存在するとは思えず、辞めた後にほかの企業に転職することは考えられませんでした。

引継ぎなどの関係もあり、退職を伝えてから1年在籍。その間に「移住してルーマニアで起業するのもアリかな」とぼんやり考えるようになりました。

退職して海外移住して起業もいいかもね

いつか海外で住んでみるのも楽しそうだな

外国人と結婚したこともありそう思っていましたが、住もうとまでは考えていませんでした。移住を考えたキッカケや決意した理由はいくつかあります。

妻の母国で生活すれば両親も喜ぶかなと思ったこと。そして、自分が30代のうちに異文化という新たなフィールドでの生活や今までやったことのない仕事をイチから考えるのも楽しそうな生き方だと思ったこと。

自分のスキルだと日本で起業しても埋もれてしまうけど、ルーマニアは意外に親日国でありながら在住の日本人は200人ほどしかいない。移住したらスキル以前に「日本人」というだけで珍しく思ってもらえるし、必要としてもらえるかもと、今思えば甘い考えだけで、決断しました。

A社を辞めた後半年ほどかけて、ルーマニアへの移住とどんなことで起業するのか準備を始めました。

ルーマニア移住と起業に向けてやろうとしたこと

移住を計画する中で一番悩んだのが、どんな仕事で収入を得ていくのかということ。

日本食材や伝統工芸品のオンライン販売、ルーマニア人モデルを日本に派遣する芸能プロダクション、旅行代理店、ツアーガイドなど色々考えました。

最終的にこれまでの自分の経験などをいかし、ルーマニアでアパレルの製造もしくはショップの経営など、自分の得意なアパレルに関することをやろうとの結論に至りました。

ルーマニアはEU加盟国の中でも比較的物価が安い国なので、アパレル業をやっても日本ほど負担する費用の額が大きくならずに済むからやっていけるのでは?という期待もありましたが…

次回に続く

取材・執筆:chewy編集部 イシ (@ishiwm
編集:chewy編集部 はら (@MmcNaka