確かなプログラミングを学ぶなら>

【短編小説】2回目のスタートライン☆第3話

アキの場合②~歩き出すと見えるもの

はじめての転職活動

「…では、当サービスを利用しようと思ったきっかけはありますか?」

「ネットで調べて…、今の会社の働き方がちょっと疑問だったので、とりあえず相談だけしたくて…」

「分かりました。初めての転職なら、まずは情報収集したいですよね」

「転職した方がいいかどうかもまだ、決まっていないんです」

「いいんですよ、ゆっくり決めましょうね」

高い天井、明るい照明。

目の前にはいわゆる「キャリアコンサルタント」の女性。

ここは、登録のために訪れた転職エージェントのオフィス。

広い部屋をパーティションで仕切った「個室」で面談の真っ最中だ。

カスミに勧められた転職エージェントを次の日から調べ始めて、3日で会社を絞り込んだ。

リクルート、マイナビ、doda…なんだ、よく知っている求人情報の会社じゃないか。それ以外にも、転職エージェントだけをやっている企業もあった。

絞り込みのポイントは、

・口コミ

・公式サイトの雰囲気

・アクセスの良さ

・求人数

の4点だ。

口コミは重要だけど、冷やかしや悪意ある書き込みの見極めが大変だった。

でも、評判のよくないエージェントを利用して、無理やり面接を入れられたり、下手をすると入社を迫られるケースもあるとかないとか。…単なるウワサであってほしい。

また、転職エージェントでは利用前に面談するのが一般的なので、アクセスのよい場所にオフィスがないと行くのが面倒。

電話やスカイプ面談もあるらしいけど、じっくりと相談したかったから対面を選んだ。

営業マンのタクミにいわせると、「メールより電話、電話より直接会った方が親しくなれるしいい情報をくれる」そうだ。

確かに、顔を突き合わせて話したら、ほんの数十分なのに、打ち解けた気がする。

「では、アキさんの希望に合う求人をちょっと探してみますね」

「あ、でも転職しないかも…」

「大丈夫。見るだけでもいいんですよ。今の会社と比べてみましょうか」

肩をすくめて「うふふ」と笑うコンサルタントのお姉さん。

キレイだけどお高くとまった感じのない、かわいらしい人だ。選択は間違っていなかったと思う。

働きながら、結婚も子育ても

コンサルタントのお姉さんは、すぐに求人票のようなものを数枚、プリントアウトしてきてくれた。

「とりあえず、同じ職種と同じ業種、あとはアキさんの会社と同じ商材を自社で作っているメーカーを出してみました。前職との共通点があると、転職先で楽なんですよね」

同じ職種の場合には、やっぱり残業ありきの体質は変わらないんだろうな…。

「う~ん。やっぱり違う職種を選んだ方がいいのかな~」

「そこは悩みどころですよね。企画部って企業の花形で出世頭だけど、責任は重いし、やるべき仕事は大きい。どの会社でも、それはあまり変わりませんね」

確かにキャリアコンサルタントさんのいっていることは正しかった。

企画部は、会社の中ではエリート集団の花形部署だ。

だからこそ、皆意識は高いし、やる気にあふれていて、毎日刺激をもらえるし働いている喜びがある。

でも一方で、負担も大きい。

上を目指せばキリがないし、成功すればするほど、上からの要求も高くなる。

「働きながら、結婚もして子育てもして…って難しいのかな? ぜいたくなのかな?」

「もし結婚するなら、パートナーにはバリバリ働いてほしいですか? それとも、専業主夫…まではいかなくても、家庭優先でアキさんを自由にさせてくれるような人がいいですか?」

ん?結婚相談所みたいなことを聞き始めたな、コンサルタントさん。

「いや~…。相手がいないし、想像もつかないです…」

「ちなみに、今の会社は一時的な時短勤務やリモートワークなど、働くパパママへのサポートはあります?」

あ、調べたことないな、最初から諦めてた。

「頻繁な異動のある企業なら、一定期間だけ残業のない部署へ行って、再度異動願を出すという手もありますよ。当然、それだけの実力も必要だし、甘くはないと思うけど、アキさんのそれまでの頑張り次第です。

企画部への抜擢も、まだ若いアキさんのポテンシャルを買ってくれたようですし、柔軟性のある会社なんですね、きっと。掛け合ってみる余地はあると思いますよ」

目からうろこ、というより、「暗い、暗い」と文句つけながらも、自分で両目を覆っていた私の手を引きはがして、手は「手探り」のために使えと導かれた気がした。

「あ、あと、さっき聞いた彼氏の話、ちょっとひどくないですか? 余計なお世話だけど、アキさん、恋人はちゃんと選んだ方がいいですよ?」

「いや~、とりあえず、もう恋はいいです…」

「本当に好きなら、きっとアキさんが忙しくて待ってくれるし、そんなことを言い訳に浮気しません! また、恋してくださいね?

ここ、恋愛悩み相談室…だっけ?

変なコンサルタントさんだったけど、いろいろ勇気と希望をもらって帰路につくことができた。

行動開始

翌日、私は出勤して午前中の仕事を1時間の余裕を残し、完了。早速昨日の「手探り」を実践に移した。

まず、分からないことがあれば総務部だ。

総務部は「総務」を引き受ける会社内の「よろず屋」だ(?)

とはいえ、いきなり表立ってぶつけるには抵抗のある話題だし、同期を呼び出してこっそり聞くことにした。

「珍しいね、どうした?」

「うん、ちょっと聞きたいことがあってさ」

入社以来総務部とはいえ、まだまだ私と同じく駆け出しだから分からない点も多かったけど、だいたいのことは聞けた。

まず、時短はありだけど部署による、これは想定内だ。企画部はNGだろうな。

リモートワークについては検討中の部署もあるらしいけど、これもあまり期待できない。

期間限定の異動や依願による企画部復帰は、可能性がありそうだった。

特に、わが社の商材には女性ものが多いため、企画部に女性がいないのはどうか、とあちこちからうるさい(どのようにうるさいのかは総務部内でのみ共有らしい)とのこと。

そのため、結婚、出産で女性のキャリアが切れるのは避けたいようなのだ。

おそらく今はやりのSDGsの対策とか、対外的な意味合いもあるのだろうが、渡りに船。

だったら、私のやるべきことは一つ。今、現状の仕事を頑張って、部署内での居場所を作ること。

将来的に異動を希望するなら、どこにしようかな?お金の動きを知っておくと役立ちそうだから、経理ってのもアリだな。

結局、転職エージェントに相談に行ったのに、転職せずに終わりそう。例のコンサルタントさんには、お礼の電話くらいはしておこうかな。

面談した人に転職をおすすめしなくて、大丈夫なんだろうか、あのお姉さん。思えば、無欲でのんびりしてて、タクミみたいな人だったな。

心配だ、営業向きじゃないのでは?

でも、楽しそうに仕事してたな。

私は仕事をそんな風に楽しんでいられただろうか?

抜擢に浮かれていたのは事実。でも、本当に楽しんで仕事をしていたかどうかは分からない。

追われて追われて。

任せられる仕事に追われて、先輩の働く姿勢に追われて、次に来るであろう、まだ見ぬ仕事にまで追いたてられて。何かに追われる日々は辛いから、時間に余裕がある日も心に余裕がなくなる

空いた時間も有効に使えなくなって、寝るだけ、ぼ~っとするだけに費やすようになる。休日に体を動かさないから、翌日朝早いのに寝つきは悪い。

悪循環だ。

これから先、というより、これからすぐにまた始まる忙しい日々。多分、昨日までとはちっとも変わらないだろう。

でも、できたら、自分の気の持ち方くらいは変えていこうと思う。

まずは、残業を減らそう。仕事のスケジュール管理はもちろんだけど、必要ない日の残業はやめよう。

先輩に聞かれたら「残業の必要な仕事はない」っていおう。でも、「お手伝いすることありますか?」ともいおう。

それで、先輩もできるだけ早く帰ってもらおう。

個人が大きな会社の中でできることなんて小さいけど、そんな小さな個人の集まりだもんね、会社なんて。

私が発信して、私から変えていこう。

ダメ元だけど、勇気も要るけど、できることから始めるんだ。

仕事を理由に友人を失うリスクもあったんだ

決めたら、急にやる気がわいてきて、あの4人に報告したくなってきた。

今度は、こちらから時間を作って「集まろうよ!」って誘ってみるのもいいかな。

その日の夜、ふと思いついてLINEを呼び出し、グループLINEにメッセージを入れてみた。

「なんだか、仕事も恋愛も両立できそうな気がしてきた! みんな、ありがと!!」

すぐに一人既読が付いたけど、そのままメッセージもスタンプも送ってくることはなかった。

いぶかしげに見ていると、既読が3に増えた瞬間、

「転職相談してきたんだね?」とカスミから。

同時に、何だかわけ分からないキャラクターのスタンプがチエから入った。

チエも内容はバカだけどレスポンスは早い。

簡単に報告をして、久しぶりにLINEでの雑談トークした。

こちらの心の余裕がないと腹立たしいだけだったチエの能天気な発言も、今日は普通に聞けたし、3人の会話を楽しめた。

あのまま落ち込んで、仕事仕事の毎日を無理やり送ってたら、きっとこの友人関係を失う可能性だってあったんだろうな。

LINEもほとんど既読スルーしてさ。

そういえば、さっきの既読スルーは誰だったんだろう…。男子のどちらかだろうけど。

タクミなら何かしら声をかけてくれそうだし、マサトだったら馬鹿にしきったようなセリフを投げてきそうだけど。

その疑問は翌朝、思わぬ形で解けることになった。

一本の電話、そして。

「え…、入院?倒れた…って」

「昨日の夜から入院しているの。ウチの病院に運ばれるんだもん、ビックリしちゃた」

仕事の悩みを抱えていたのは、私だけではなかった。

しかも、彼は私以上に大変な状況を抱え込んでいたのだ。

第4話に続く
2回目のスタートライン_4話【短編小説】2回目のスタートライン☆第4話

執筆:chewy編集部 みや (@miya11122258