アキの場合①
再会
夜の繁華街、私と同じくらいの年代のグループが楽し気に行き交う。目指す店は学生時代に仲間と遊び歩いたエリアにあった。
今日は、高校時代に仲の良かったグループが集まる日だ。
私は二年くらい会わなかったが、グループの中でもっともマメなチエが声をかけ、定期的に会っているらしい。
安っぽい格子戸を開けて、店内に足を踏み入れると、店員さんの「いらっしゃい」の掛け声と同時に、甲高い声が私を呼んだ。
「アキ~! こっち、こっち!」
2年も会わなかったのに、まったく成長を感じさせない派手な動作で手招きするのはチエだ。
外側の「自分磨き」には精を出しているらしく、メイクはばっちり、ファッションも雑誌に載っている読者モデルの完全コピーのようだった。
その横には、やはり同じグループだったカスミ。こちらはチエとは正反対のこざっぱりとしたまとめ髪に、シンプルなジーンズ姿である。
「お待たせ~」
力なく手を上げ、声の方へと足を運んだ。
「アキ~久しぶり! 変わってないね!」
「チエはまた化粧が濃くなったね」
「ひど~い! アキはいつも通り口が悪いよね!」
「二人とも相変わらず仲いいなぁ」
カスミはのんきに横で笑う。冗談じゃない、昔からチエは私の天敵だ。
なのに、カスミはいつもチエと私を「いいコンビ」という。
「カスミ、久しぶりだね。今日はお休み?」
「ううん、夜勤明け~。病棟変わってから、忙しくてさぁ」
カスミは高校を卒業後、短大の看護科に進んだ。穏やかな性格で、物静かな印象だけど、大きな決断を勢いよく下す、グループのお姉さん的存在だった。
彼女だけが、その決断力によるものか、既婚者である。飾り気も、裏表もないカスミを見ていると、いつも敵わないと思う。そして今日は、予定していた結婚も遠のき、さらに負けた気分だ。
「アキは、仕事順調だった?商社ってさ…「シゴトの話なんて、いいじゃん! もっと楽しいこと話そう!」
カスミの話に割って入るチエ。ああ、面倒くさい。コイツの頭の中はお花畑なのか?
「ねえねえ、アキってカレシいたよね?やっぱり、そろそろ結婚とか?」
今日、一番嫌な話題だわ。やはり来るんじゃなかった!!!
「おまたせ~! お、もう女子はそろってんだ」
「もう盛り上がってるの?タクミが悪いんだぜ、コイツ方向音痴で。営業、何年やってんだよ?」
ちょうどタイミングよく、話に割り込んできた、懐かしい声。
「タクミ、マサト、遅いよ!」
2年も会っていなかったのに、つい勢いで昔のように声をかけてしまった。
「お~久しぶりじゃん、老けたんじゃね?」
タクミを小ばかにした後、返す刀で私に悪態をつくのはマサト。
ITエンジニアとして働く彼は、いつも自信たっぷりの物言いをする。高卒で働きだしたから、なんとなく社会人の先輩のような顔をしたがるのがちょっと腹立たしい。
「ずいぶんな言い方するわね、マサトはアキが来るの、楽しみにしてたくせに」
と唐突にカスミ。
「え、なに? そ~いうことなの? え~知らなかった~!」
チエ、あなたのそういうノリ、本当に嫌。
「ね~、僕たち走ってきたから喉乾いたんだけど~」
そこで、ちょっと頼りないけど、「空気読める系男子」のタクミが手を挙げた。ナイスアシスト。
再会…そして打ち明け話
みんなでのどを潤し、落ち着いたところで近況報告となった。
皆さん、おおむね仕事は順調。ああ、チエ以外は、ということだけど。
このグループで唯一、正社員として働いていないチエ。バイトや派遣でフラフラと働きつつ、「いい男いないかな?」「合コンしようよ!」と結婚相手を探してる。
チエの目標は「結婚して専業主婦になること」で、自分は仕事に全く興味も熱意もないらしい。目標が私とは異なるだけで、その潔い姿勢だけはすごいと思う。
うらやましい。
こんなふうに、自分に必要なものとそうでないものを分けて、必要ないものをバッサリと切り捨てられたらいいな。
仕事も恋愛も両立、なんて無理な話なんだろうか。
「で、アキの彼氏の話しようよ~」
うん、前言撤回。
チエ、自分には必要なくても「人のプライベートに首を突っ込まない」スキルを磨こうか。
「え、彼氏いたんだ、アキ」
なぜか、マサトまで興味を示す。
やめてくれ、この話題。
「彼氏の友達、紹介してくれないかな~なんて」
「いや、もう別れたし!」
沈黙、そして、再びマサト。
「大丈夫?」
「うん、別に大したことじゃないし。でも、仕事と恋愛の両立って無理なのかな、と思って、ちょっと落ち込んでた」
チエの下世話な発言にちょっといきり立ったけど、マサトの(意外に)冷静な対応に落ち着きを取り戻す私。
そこでカスミが口を開いた。
「私も仕事と家庭の両立は大変だって思っているよ。でも、両立するための対策はないのかな?」
「対策ってなに?」
ビジネス論みたいなカスミの言い方に食い気味で反応。
「仕事を一生懸命にやると家庭や恋愛などのプライベートが圧迫されるって、おかしいよね。それって、今の働き方がマズイっていうことなんじゃない?」
「そうだけど、同僚も同じことやってるから、仕方ないし…」
「でも、それでアキが幸せになれないなら、大問題なんだよ? 仕方ないでは、済ませられないよ」
のろのろとした動作でグラスを傾けながら、チエが言った。
「だ~か~ら~、まじめに働くのってムダじゃん」
そんなことはない、…はず。
でも、「仕事を頑張っていただけなのに」って思っていたのも事実。
仕事を頑張ると、プライベートに支障が出るって辛い。
「アキはさ、今の会社しか知らないから、視野が狭くなっていると思う」
カスミが私の目をまっすぐに見ながら、そう言った。
「転職を考えてみない?」
新たな一歩
「ああ、したくなかったら、実際に転職しなくてもいいのよ。ただ、転職活動みたいなアクションを起こしてみるの」
転職活動みたいなアクションてなんですか?
「例えば、求人情報を見たり、転職エージェントに相談したり。同業の他社とか、別業種の同年齢の人の働き方とか、いろいろなことがみえてくると思うよ?」
「ほかの会社か…。考えたこともなかったな」
じっと話を聞いていたタクミが口を開いた。
「ボクの部署、半分くらいが転職組なんだ。ヘッドハンティングとかで入った人もいて…。いろんな人生を経験してきた人がいるよ」
「私のバイト先の外国人、転職は当たり前って言ってた~!」
チエ、コミュニケーションスキルは評価するわ。
「ね、とりあえずさ、アキが仕事で重視したいポイントを上げてみない?」
私が仕事で重視したいのは、メリハリ。
勤務中は仕事ガッツリで働きたいし、繁忙期にはもちろん、仕事優先したい。
でも、プライベートをおざなりにしたり、犠牲にすると楽しくないし、家族や恋人にも迷惑をかけてしまう。
だから、仕事第一でいいけど、仕事に追われるだけでなく、自分で多少はコントロールできて、家庭や恋などのプライベートもカバーしたい。
将来的には子どももほしいかな?
産休や育休は?
あと、リモートワークできるといいな。
考えれば考えるほど、いろいろ出てくる。そして、現状との違いも明らかになる。
「ちょっと転職活動してみようかな…?転職エージェントってどんなサービスなの?」
「転職エージェントは、キャリアコンサルタントが転職相談や求人紹介をしてくれるサービスよ。職務経歴書とか履歴書の書き方も教えてくれるし、模擬面接なんかやってるところもあるわ」
「転職するなら、転職サイトでいいんじゃない?」
「転職サイトには出ていない転職エージェント独自の求人もあるのよ。それに、内定してからも条件面の交渉や入社日の調整なんかも代わりにやってくれるから、初めての転職や相手企業とのやり取りが苦手な人におすすめなの」
ネットで広告は見たことあるけど、詳しく聞くと面白いシステムだな。
「でも、コンサルタント料なんて払えないよ」
「無料だから大丈夫。転職エージェントは企業からお金をもらっているの。紹介料みたいなもんかな?」
「じゃあ、利益を上げようとして、無理やり転職させられたりしそうね…」
「それはあるかも。でも、相談だけって最初に言っておけば大丈夫。あとは、気の乗らない紹介はきっちりと断ることも大切よね」
その時、チエが急にタクミに向き直り、
「タクミなんて、コンサルタントにあっさりと丸め込まれそうだね!」
これには皆、うなずき、タクミ本人だけ腑に落ちない顔。
「そんなことないけどなぁ…。一応、営業マンなのに…」
「押しが弱いし、口下手だし、営業向いてなさそうだよね~。タクミも転職したら?」
「ひどいなぁ、チエは口が悪すぎるよ…」
仕事も恋愛も
久しぶりに会った旧友たち。
あまり気のりしなかったけど、来てよかったと思う。気分は晴れてきたし、次のアクションも何となく見えてきた。
うん、自分の仕事と人生について少し見直してみよう。転職エージェントが助けになるなら、相談に行ってみるのもいいかな。
グラス片手に、ちょっとワクワクしながらそんなことを考えていたら、横からマサトに声を掛けられた。
「アキ、目に生気が戻ってきたな」
「何よ、恋愛なんて『らしくない』って思ってるんでしょ?」
「お前が悲劇のヒロインやってる間に、こっちはプロジェクトリーダーだぜ」
「すごいじゃない」
「まあな、でも大変だよ、それこそ恋愛なんてしている場合じゃないな」
マサトはなぜだか、高校時代から私とタクミにマウント取ってくる。私はその理由をひそかに学歴コンプレックスと思っているけど。
タクミは営業マンのくせに、口下手で言い返すこともないから円満だが、私とマサトはたまにやり合う。別に口論が楽しいわけではないが、チエとは違ってまともな会話ができるからいい。
カスミはもちろん、まともだが、仕事や人生について熱く語り合ったりするのはやはり、マサトがいい。
「私は、仕事も恋愛も両立できる方法を見つけて、幸せになるんだ」
仕事も頑張るけど、恋愛どころじゃない、と割り切れるもんじゃないから。
私の宣言に虚を突かれたようなマサトに、ニヤリと笑いかけてやった。
第3話に続く
【短編小説】2回目のスタートライン☆第3話
執筆:chewy編集部 みや (@miya11122258)