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【短編小説】2回目のスタートライン☆第1話

プロローグ~別れと再会の時

突然の別れ

潤むネオン

 

私の目の前にいるこの男はいったい誰だろう。

ちょっと茶色がかった優し気な瞳、その色に合わせたように染めたゆるいウェーブ付きの髪。

この2年間ほど、一番近くで見続け、見慣れた彼の姿が、まるで他人のように見えた。

「だから、もう終わりにしたいんだよ、アキ。君には悪いけど」

私が何も反応しないから、彼はちょっといらだったように少し大きな声を出した。

仕事帰りに待ち合わせをしたカフェ店内。それほどうるさくもないから、聞こえなかったわけではない。聞いていなかったわけでもない。

ただ、信じられなかっただけ。

彼は、私が3年間友人として付き合い、さらに今日までの2年間、結婚を前提に付き合ってきた相手だ。

「もう終わりにしたい」と彼が言っているのはもちろん、私たちの関係についてだった。

彼の話をまとめるとこうなる。

私が仕事で忙しくて会えなかった間に、自分の職場の後輩の女の子に迫られ、あっさりとそっちになびいたというわけだ。

私が残業している間に彼らは夜景を見にドライブしたり、私が休日出勤している間にテーマパークデートを楽しんでいたのだ。

…なんという陳腐な。

彼に言わせると、こんなふうに話をまとめたり、冷静な目で見たりするのは「女の子らしくない」「かわいくない」らしい。

そして、後輩の女の子は私とは正反対で、無邪気でかわいいのだろう。

残業よりも彼氏を優先し、定時で上がって彼の退勤まで化粧室にこもったりするのだろう。

「…分かった。話はそれだけ?」

私は、喉の奥の方から何かがこみあげてくるような気がして、声を絞り、手短に返事した。

「う、うん。アキの部屋に置いてあるオレのものは処分してもらって構わないから」

あまりにもあっさりとした私の返答に動じながらも、そう言ってそそくさと立ち去って行った。

自分でも驚くほどの簡単すぎる「ジ・エンド」だった。

仕事に一生懸命だっただけなのに…

私は正直言って仕事人間だ。

でも、彼ができたから、この2年間はなんとか時間を作ってデートもしたし、お互いに不満はないはずだった。

今月だって今日と来週、週末を2回も空けてある。

「結婚したら共働きか。アキはオレより忙しそうでやだな」とかぼやいてたなぁ。冗談っぽく言ってたけど、実はアレ本気で嫌がってたよね…。

たしかに、仕事帰りのデートを何度もすっぽかしたことがある。私の会社の近くで、21時の待ち合わせに間に合わなかったことも。

休日のデートも、たいてい日帰り。連休があったら、一日はデート、もう一日は仕事の勉強がしたかった。

だって、仕方ないじゃん! 総合商社の企画部に配属されて1年、今が一番忙しいんだよ? 新卒で採用されてから2年、大抜擢で叶った部署異動、同期の期待も背負っているんだ。踏ん張って、スキルも経験も積まないと、大きな仕事も任せてもらえないんだよ?

「ふ~…」

スキルと経験か…。大きな仕事か…。プライベートまで犠牲にしてまで、頑張らないといけなかったのかな?

ふと立ち止まって、あたりを見回した。いろいろ考えながら、街の中をぐるぐると回っていたらしい。また、同じカフェの前にたどり着いていた。

もう一度一人で入って、コーヒーでも飲んで、頭を整理するか、そう思って入り口のドアに向かった時、見慣れた茶色のゆるいウェーブ頭が目に入った。

「あ」

素早く身を隠した。

なぜなら、さっき別れたばかりの彼の横には、おそらく先ほどの話に出ていた後輩らしい女がいたからだ。

背が低くて、暖色の柔らかそうなワンピース着てて、バッグは小さい。モテる女のテンプレートか?

うわ、しかもネイルまで完璧だ。

自分の手元を見る。

ネイルサロンに行ったの、先々月だっけ? 美容院にすら行ってないや。

居ても立っても居られなくなった私は、踵を返し、会社へ戻ることにした。

こんな時でも会社か。

仕事が悪いのか、それとも…

「あら、アキちゃん、今日は週末だし、デートじゃなかった?」

部署に戻ると残業していたらしい先輩が声をかけてきた。

企画部はいつでも忙しい。誰かしら、必ず残って仕事をしているし、私も大体毎日残業している。

それでも今日は親しい先輩にのみ、「デートなので、すみません」と声をかけて退社したんだ。

「あ、日程間違えてました。スケ管甘くて、社会人失格ですね」

ちょっと肩をすくめて、おどけて見せてから自分のデスクへ。いや、本当は彼女失格になってきたばかりなんですがね。

本当に社会人失格にはなりたくなかったため、当然、本日の業務は退社前までに片付けてあり、やることはなし。

時間のある時にまとめておくようにいわれていたマーケティング資料を取り出す。

夜の街を歩いてきたせいか、社内の照明が妙に明るく感じた。

どうしてこんなに夜遅くまで残業する必要があるのだろうか?

いつもは追いつこう、頑張らなきゃと必死になっていたから気づかなかったけど、定時までに終わらない量の仕事をいつも与えられているってことだよね?

頑張っていただけなのに、恋人には振られるし…。

よりによって、「定時上がりの女」に取られるし…。

「アキちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

隣のデスクに座った先輩が、慌てたように声をかけてきた。

「え? なんともないですよ」

「いや、なんか今、泣いてるように見えて…」

「やだなぁ、泣きながら仕事してたら怖いじゃないですか(笑)」

無理やり笑って見せた瞬間、私のスマホがカバンの中で音を立てた。

先ほどのカフェでのシーンを思い浮かべて、一切の期待を頭から消してから、ようやく画面を見る。

案の定、彼からの謝罪などではなかった。

もうすでに、私のことなど記憶から消えてなくなっているんだろうな。

今頃、めでたくフリーに戻った彼のお祝いでもしているか。

「あっさりしたもんだったよ」と私のウワサなどしているのだろうか。

軽く首を振って、つまらない考えを頭から追い出し、LINEを開いた。

懐かしい仲間との再会

「元気? 久しぶりだね♪ 来週末、みんなで集まろうって話になったんだけど、アキの都合はどう?」

文字だけなのに、頭の中に能天気で場違いなテンションの声が聞こえてくるようなメッセージ。

思わず、舌打ちをする。

…チエだ。

チエは高校時代の同級生で、仲良しグループの一人。

なぜか私になついてくるけど、コイツを私は嫌いだった、いや、苦手だった。

そう、ちょうど今日見た彼の後輩のような、かわいい姿をして、実はしたたかに異性の関心を引くことだけに熱心なヤツ。

「働く女の敵」のイメージを具現化したような女だった。

それは今でも変わっていない。

自分が一番かわいくないと納得いかなくて、ファッションと恋愛とおしゃべりが大好き。

仕事はとりあえずお金を稼ぐ手段で、できたら職場でイケメンを捕まえて結婚しようともくろんでいる。

そんな女。

忙しいから、と断ろうと思ったけど、ほかのメンバーの顔がふと浮かんで、思いとどまった。

みんな、どうしているんだろう。

いつも断ってばかりだったから、2年以上会っていない。

高校2年で知り合った男女混合の仲良し5人組で、私も、グループ内なら苦手なチエともそこそこ穏便に過ごせてた。

卒業後も、それぞれの進路に進んだけど、コンスタントに集まっていた。

それなのに、私は仕事にかまけて、いつも断ってたな…。

「来週、空いています。全員集まるの?」

運よく…ではないけど、偶然空いてしまった週末の予定、どうせなら懐かしい人たちに囲まれて、埋めてもいいんじゃないか、ふと思いついて返信した。

気分はかなり沈んでいたけれど、これならどうにか来週末までは持つだろう。

それに…、もしかしたらアイツに会えるかもしれない。

失恋したばかりなのに、少々胸が騒いだ。

第2話に続く
2回目のスタートライン_2話【短編小説】2回目のスタートライン☆第2話

執筆:chewy編集部 みや (@miya11122258