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結婚式場の支配人×ライターのTARAさんがパラレルワーカーで働く理由

結婚式場の支配人とライターの二軸で仕事をしているTARAさん。大学卒業後、バイクレーサーを目指したが、28歳でウェディングプランナーへ転向。5年前からはライターの仕事もしている。全く違う業界、職種でパラレルワーカーとして働くようになった背景を伺った。

バイクレーサーを目指す

小さい頃から絵や文章を書くことが好きで、小学生の頃は漫画を描いていた。高校生の時には、漫画コンテストに応募することもあった。

当時は、愛知県に住んでいたが、ずっと北海道に憧れを持っていた。高校卒業後は、北海道にある大学に入学する。

ある日テレビをつけたら、バイクレーサーが走行している姿が映った。TARAさんはその光景に釘付けになり感銘を受ける。

「自分もバイクレーサーになりたい」

大学卒業後、レーシングチームに入り、鈴鹿サーキットでアルバイトをしながらプロを目指した。

しかし、なかなか目が出ない… 「27歳まで頑張って無理なら、諦めるしかない」と思うように。そこで、働いていた鈴鹿サーキットに事情を話し、2カ月間仕事を休んだ。休職中は、兵庫にあるサーキットで練習に明け暮れた。宿はなく、ハイエースという大きな車にバイク、寝袋、炊飯器などを積んで寝泊まりした。

2カ月後、鈴鹿サーキットに戻りバイクレースの勝負に挑んだ。結果は、駄目だったが、やり切ったから悔いはなかった。

男性では珍しかった、ウェディングプランナーに転向

TARAさんは学生時代から様々なアルバイトを経験してきた。いずれも接客業が多く、ホテルや遊園地などで働いてきた。ある日、テレビのある番組でウェディングプランナーという仕事を知る機会があった。その時に「こんなにもお客さんのことを考えなきゃいけない仕事があるのだろうか」と驚いたという。

TARAさんは、バイクレーサーの時もそうだが、やりたいと思ったことは突き進む人だ。

ウェディングプランナーになりたいと思い、夜間の学校に通い始める。知識を身につけて、ウェディングプランナーとして就職できる会社を探した。ただ当時は、男性のウェディングプランナーはほぼいない。学校では、学生80人中、TARAさん含めて男性は2人だけ。就職活動は難航し、男性という理由で断られてばかりだった。

ある日、愛知県のウェディングのプロデュース会社に電話で問い合わせをしたら、また「男性はとってないから」と切られそうになった。

しかし「ちょっと待ってください。5分だけでいいからお話聞いてもらえませんか?損はさせませんから!」と食いついた。

「じゃあ、5分話を聞いてあげるから」

TARAさんの住まいは三重県だったが、すぐに愛知県へ向かった。

その時面接してくれた上司の方は、TARAさんのことを面白がってくれた。社長にも会わせてもらい話ができた。

「初めからウェディングプランナーはやらせられないけれど、音響や引き出物関係など、下積みを積んでもらってチャンスがあれば、なれるかもしれない。どうしますか?」

ここで働きたいと思い「ぜひ、お願いします」と入社が決まった。

仕事は多岐に渡り、お客様に式場を案内する仕事にも関わった。

ある新郎新婦を案内した時、「こういうことが実現できたらいいですよね」と、TARAさんからプランを提案する機会があり、新郎新婦と話が盛り上がる。

新郎新婦は、すっかりTARAさんがウェディングプランナーで担当してくれるものだと思った。しかし、男性ではウェディングプランナーになれない。その事情を聞くと、新郎新婦からこう言われた。

「ここまで話をしたのに、TARAさんが担当してくれないのは寂しいよ」

そして会社に電話をしてくれて、話をしてもらい、会社では初の男性のウェディングプランナーとして携わることになった。

結婚式当日、新郎新婦が会場から退場するとき、新婦さんがTARAさんに抱きついたほど、喜んでくれたという。

それから2年間、ウェディングプランナーとして働いた。その後、会社は式場を1店舗建てて、TARAさんはそこの店長を任されるほどになった。

ライターを始める

5年前、TARAさんの祖父が危篤。その夜たまたまノートパソコンを開いた。その時、やけに「ランサーズ」という名前が出てきたそうだ。翌日もその名前を目にしたためページを開いたら、クラウドソーシングのサービスだと知る。そこでライターの仕事の案件を見て「これだったら、僕でも文章を書く仕事ができるかもしれない」
もともと文章を書くことが好きだったから、やってみようという気になった。

案件をやり始めた頃、祖父は亡くなった。ランサーズが広告を出していた時期だったのかもしれないけれど、TARAさんはおじいちゃんが「これ見たら」と、引き寄せてくれたのではないかと感じたそうだ。

最初は右も左もわからないから、とにかく経験を積むため、1年間はできるだけ多くの記事を書こうと決意。単価の金額問わず、何本も書いた。その内「ライターを本業にしたい」と考えるようになる。

ライターを始めてから2年目、営業を何十社と行った。徐々に人脈も広がっていき、色々な仕事を貰えるようになっていく。

記事を書き始めた頃は、文字単価は0.2円。今では、文字単価4〜5円になった。

やりたいことをやるために、パラレルワーカーになる

ライターの仕事が増えていくなか、ウェディングのほうは支配人として働き続けている。どちらか一方に絞ろうとは思わなかった。

「人と話すのが好きだから接客をやりたいし、文章を書くのが好きだからライターもやりたい。当然、どちらも大変な時はありますが、好きなことだから楽しい」

会社の社長と話をし、出勤時間を2割減らして、その分ライターに打ち込める時間を増やした。

TARAさんはこう話す。「ライターの仕事が、結婚式場のホームページの文章に役立つこともあるし、ウェディングの仕事からライターの仕事のご縁をいただいたこともあって。双方の仕事がプラスに回ってるんです。パラレルワーカーは、僕にはあっているのだと思います」

取材・執筆:つか(@tsuka_0806