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「日の目を見る」の意味は?類語や対義語、英語表現を解説

先輩

この前、新人君がまとめたレポート、部長が会議で褒めてたよ!
さすが部長、見る目がある!僕の実力がようやく日の目を見る日がきたってことですね!

新人

先輩

いや「手取り足取り教えなくても、レポート書けるくらいには成長したんだね」ってレベルの話なんだけど…まぁ、いいや。

日の目を見るという表現、意味はご存知ですか?ちなみに新人君は、ちょっとズレたタイミングで使っているのがわかりますか?

今回は、日の目を見るの意味や使い方、類語や対義語、英語表現について解説します。

「日の目を見る」の意味は?

「日の目」とは太陽の光のこと。それまで暗かった場所に日が射す様子になぞらえた慣用句です。

日の目を見る
それまで埋もれていたものが、世の中に知られるようになること。
長い間不遇だった人物が評価されるようになること。

「日の目を見る」の誤用、混同しやすい表現は?

まれに似たような表現や表記と取り違えるケースがみられます。以下に間違いやすい事例をご紹介します。

疑いの余地がないほど明らかなこと。
(誤)日の目を見るより明らか  (正)火を見るより明らか

「日」「火」が同じ読みであること、「見る」が共通していることから、混同しやすい表現です。

(誤)日の目を浴びる  (正)注目/喝采を浴びる

「日の目」を浴びると表現することはありません。

このほか「日」を「陽」とする誤記も起こりやすいので注意しましょう。

「日の目を見る」の使い方

日の目を見るは、人物だけでなく物や作品に対しても使えます。また、偶然注目されたというより、長年不遇のまま努力した結果報われた、ようやく成功を手にしたという状況にふさわしい表現です。

具体的な例文を見てみましょう。

例文
・長年の地道な研究の成果がようやく日の目を見た
・その画家は日の目を見ることなく生涯を終えた。
・50年ぶりに日の目を見ることになった幻の映像作品。

「日の目を見る」の類語は?

日の目を見るには、いくつか類語や言いかえ表現があります。代表的なものをご紹介します。

「日の目を見る」の類語(言い換え表現)
  ・脚光を浴びる   ・実を結ぶ

脚光を浴びる

世間の注目の的になること。日の目を見るが長年の下積みや不遇の時代を経た上の成功を意味するのに対し、こちらは偶然話題を集めたり、人気が高まった場合にも使えます。

例文
・その若手俳優は、主演作で見せた演技力と存在感により、瞬く間に脚光を浴びた

実を結ぶ

努力の結果、成功することを意味します。日の目を見るは、どちらかといえば世の中に広く影響する出来事や人物に対して使われるのに対し、こちらは身近な事柄に対しても使えます。

例文
粘り強い交渉が実を結び、新たな契約を締結できた。

「日の目を見る」の対義語は?

日の目を見るの対義語には「徒労に帰す/終わる」や「憂き目にあう/見る」があります。

徒労に帰す/終わる

努力が報われず無駄になること。「帰す」「終わる」どちらも同じように使えますが、前者は「進展がなかった」後者は「成果が得られなかった」というニュアンスが強いです。

例文
・徹夜して行った作業が徒労に帰した
・新人教育に力を入れたにも関わらず早期に離職されて、結局徒労に終わってしまった

憂き目にあう/憂き目を見る

辛いことや苦しい体験のこと。努力が報われないことはもちろん、災難に巻き込まれたり、不運に見舞われた場合にも使える表現です。

例文
・彼は幼い頃、父親を亡くすという憂き目にあった
・真摯に主張を訴えたが、選挙では落選の憂き目を見た

「日の目を見る」の英語表現

日の目を見るには、英語でもほぼ同じ意味で「see the light of day」という表現があります。ただし、これは物や作品が主語の場合。人が主語になる時は「生まれる」というまったく別の意味になります。

例文
His works finally saw the light of day.
(彼の作品がようやく日の目を見た

不遇の時期が長かったことを強調したい場合は「finally(ようやく)」や「at last(ついに) 」などを加えるといでしょう。

人物を主語にしたい場合は「be in the spotlight(世間から注目される)」が使えます。

例文
The singer was in the spotlight for the first time in her long career.
(その歌手は、長いキャリアを経て初めて日の目を見た

「日の目を見る」日がくるのを信じて

世の中には、すぐに結果がでなくても日の目を見ることを信じて頑張っている人が大勢います。努力が必ず実るとは限らないと斜に構えるのではなく、できることを精一杯続けていきたいものですね。